昭和のプロレスは、面白かった!

子供の頃プロレスが、午後8時のゴールデンタイムにありました。当時の新日本プロレスと全日本プロレスを振り返り楽しかった試合を皆さんに喜んでもらえれば幸いです。

第50話 日本で活躍した外人レスラー 狂犬と呼ばれた男とは?

 
 
 
こんにちは、沖太郎です。
 
最初に応援ポチお願いします。
 
「昭和のプロレスは、面白かった!」シリーズもとうとう50話まできました。
 
皆さんここまでお付き合いいただきありがとうございます。
 
これからも色々なレスラーの活躍・意外な素顔を取り上げて100話まで
 
頑張っていこうと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
 
 
 
SHOPBOP セール中 ">では、今回ご紹介するレスラーは、かなりの実力の持ち主でありながら
 
あまりタイトルに執着しなかった狂犬と呼ばれた男です。
 
ディック・マードックという名は、聞いたことありますか?
 
 
プロフィール
 
1946年~1996年(49歳)
 
アメリカ テキサス州 ウォクサハチ―
 
身長    190センチ
 
体重    126キロ
 
デビュー  1965年
 
得意技   垂直落下式ブレンバスター  カーフ・ブランディング
 
 
幼少期よりレスリングの英才教育をうけ、1965年 テキサス州
 
ファンク道場に入門 ドリーファンク・ジュニアとは、幼なじみです。
 
1968年に日本プロレスに初来日、その後国際プロレス全日本プロレス
 
新日本プロレスと渡り歩いた数少ない外人レスラーです。
 
来日回数は、なんと54回です。
 
ダスティー・ローデスとタッグチーム「テキサス・アウトローズ」を結成
 
1980年 ジャンボ鶴田と戦いUNヘビー級王座を奪取しています。
 
覆面レスラー「ザ・トルネード」に変身し、ザ・デストロイヤー
 
覆面10番勝負に出たこともあります。
 
覆面が気にいったようで、新日本プロレスで、アンドレ・ザ・ジャイアントが、
 
ジャイアントマシーンになったのを見て「俺もマシン軍団にいれてくれ」
 
といったエピソードもあります。
 
1984年 WWF入り アドリアンアドニスとタッグを組み
 
ロッキー・ジョンソン&トニー・アトラスを破りWWF世界タッグ王座を獲得
 
晩年は、プロレス復興を望んでいましたが、1996年心臓麻痺で急死しました。

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ザ・アウトロー
エピソード
 
本気になればNWA世界ヘビー級王座も夢ではないといわれ続けながら、
 
本人はあくまでマイペースな活動を続けた。酒、特にビールがお好きだったようで
 
サインの時は、横に、好物として『beer』と書き加えたこともあったようです。
 
ある日当時実況担当の古舘伊知郎と飲み、古舘がお腹いっぱいで、もう食べれない状態
 
で店を出て、ホテルに帰るのかと思いきや、うどんが食べたいと言ったが
 
夜なので店が閉まっていて見つけた屋台のラーメン屋で生卵を2個ずつ
 
落としたラーメン4杯を平然と平らげたという逸話が古舘の自叙伝に記されている。
 
焼き鳥が好きで、銀座の裏通りに行きつけの焼き鳥屋をもつほどの日本通でした。

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ディック・マードックの裸姿

ディック・マードックとブルーザ・ブロディの試合 1985年